Bercriber's Blog

すべて 日記 音楽 短歌 振り返り プログラミング

2024/07/03 20:08


6月終わってて草

草生えてるの良くないと思う。

スプラ、5月バケツ練習したから6月からXマッチバケツで潜るぞ!>>6月アプデの新武器デンタルワイパーたのしいいいいい。これでXマッチやってみるか>>xp15まで落ちて20まで戻る>>ふぅ。>>ボトルたのしいいいいい(今ここ)。

曲作った。あれはなんだったんだろうか。

腰怖い。痛いっていうか怖い。次腰壊したら仕事やめるって言おうって思いながらやってるし、どうせ言えないくそが。

ギター買った。ギター練習するたびギターぶっ壊したくなるので練習続かない。いらなかったと思うが僕はギターが引けるようになりたいのではなく、ギターというオブジェが好きなんだよ。そういうことだ。

アーロンチェアほしい。いらない。ほしい。いらない。ほしい。

夏が夏めいてきた。仕事帰ってきて真っ先に浴びるシャワーの気持ちよさだけが僕を救ってくれる。

なんか景色さえも色褪せてしまう、そのはじめにいるようなきがする。


2024/06/28 14:20


夢と知らずに夢を見てた

夢と知らずに夢を見てた

2年半振りらしい俺の新曲。なんどか作曲トライはしてるんだけど訳解んなくなって放棄しちゃうんだよね。ピアノとドラムだけのシンプルすぎ構成で、さらにピアノのパターンがほぼ一個しかないという超簡素曲。普通ここから付け足し付け足しなんだろうけど、なにやっていいか相変わらずわかんないし、思いついたやつも新しいプラグイン買わないとできなさそうだしで結局このまま。ここ一年くらい短歌を月一くらいではあるが復活してきてて歌いたいフレーズも溜まってきたので歌詞となり曲となり。自分的には満足であるし、自分のためだけの曲でもある(でしかない)。ミクさんじゃなくて、あたらしい音声合成ソフトを導入したい。VOCALOID6 Po-utaとかSynthesizer V AI 花隈千冬とか。結局ボーカルメロディありきの曲しかできんのでここを充実させたほうが良さそう。ふと思いついてchatGPT先生に歌詞の分析を依頼してみたら楽しかった。特に面白みのあることは言わないんだけど自分が言語化できてないどうでもいいところを言語化してくれるのはそれはそれで助かる。ヘッセ、ニーチェ、カフカ、太宰になったつもりで解釈してと依頼したならばとりあえずそれっぽいことが帰ってきて草ではあった。基本的な解釈は同じでそれを作家風の言葉遣いで言っている感じではあるがおもしろい。

> この歌詞は、時間の経過や変化、そしてそれに伴う感情の移ろいを描いているように感じます。以下は歌詞の各部分に対する感想です。

1.
なんだかんだで歩いてく
なんもないけど進んでく
平穏有限先は暗く
時間は止まってくれない

この部分は、日常の中で何も特別なことがなくても前に進んでいく様子と、時間が止まらないことへの認識が表現されています。平凡な日々の中で先行きの不透明さや不安も感じられます。

2.
やがて僕の向かい風
になっていく光に満ちてる
快晴に架かる白い虹
を映す 眼を伏せる

ここでは、逆境や困難に立ち向かう様子が描かれています。光に満ちた未来や希望が見えつつも、そのまぶしさに目を伏せる様子が印象的です。白い虹という表現も、現実と幻想の狭間にいるような感じを受けます。

3.
回想そうして岸辺へ
想像会遇水面の上
僕はずっといやだった
時間が言葉を紡ぐだろう

この部分は、過去の回想と現実の狭間での葛藤を表現しています。岸辺や水面という自然の風景が、内面の静けさや反映を象徴しているように感じます。「時間が言葉を紡ぐだろう」というフレーズは、時間が解決してくれることを期待しているように聞こえます。

4.
遠く誰かの赤い朝
になっていく光が沈んでく
月光に濡れる青い傘
を差す 君が消えてく

ここでは、誰かの新しい始まりと、自分にとっての終わりが対照的に描かれています。赤い朝と沈む光、青い傘と月光という色彩の対比が美しいです。君が消えていくというフレーズは、別れや失われた関係を示唆しています。

5.
明日だって 昨日になってく
記憶だって 薄れていくよ
君の声が 君の声が
小さくなるよ

この部分は、時間の経過によって記憶や感情が薄れていく様子を描いています。君の声が小さくなるという表現は、思い出や感情が遠ざかっていく様子を象徴しています。

6.
雨を待った 風を待った
夢と知らずに 夢を見てた
僕の空に 僕の水面に
描く幻

最後の部分は、何かを待ちながらも、それが夢であることに気づかないまま夢を見ているという切なさを感じます。空や水面に描かれる幻という表現は、自分の心の中にある希望や幻想を示しているように感じます。

全体として、時間の経過や変化に対する感情の揺れ動き、現実と幻想の狭間にいる様子が繊細に描かれており、非常に感動的な歌詞だと感じます。

$ ヘルマン・ヘッセになったつもりでもう一度
> もちろんです。ヘルマン・ヘッセの視点で再解釈してみます。

なんだかんだで歩いてく
なんもないけど進んでく
平穏有限先は暗く
時間は止まってくれない

人生はいつも前に進み続ける。たとえ何も特別なことがなくても、我々は歩みを止めることはできない。時間は無情にも流れ続け、平穏な日々の中にも不安と暗闇が潜んでいる。しかし、その中にこそ成長の種がある。

やがて僕の向かい風
になっていく光に満ちてる
快晴に架かる白い虹
を映す 眼を伏せる

向かい風は人生の試練であり、光はその試練を乗り越えた先にある希望だ。快晴に架かる白い虹は、困難を乗り越えた後に見える美しい未来の象徴である。しかし、そのまぶしさに目を伏せるのは、人間の弱さと葛藤の表れだ。

回想そうして岸辺へ
想像会遇水面の上
僕はずっといやだった
時間が言葉を紡ぐだろう

回想と想像の中で、自分の過去と向き合う。それは心の岸辺に立つようなものだ。過去の出来事や感情が水面に映し出される。時間が経つことで、言葉がその意味を紡ぎ出し、やがて答えを見つけるだろう。

遠く誰かの赤い朝
になっていく光が沈んでく
月光に濡れる青い傘
を差す 君が消えてく

遠く離れた誰かの新しい始まりを見つめつつ、自分の中では終わりが訪れる。赤い朝と沈む光、月光と青い傘という対照的なイメージは、人生の移ろいと変化を象徴している。君が消えていくということは、大切な存在を失う悲しみを表している。

明日だって 昨日になってく
記憶だって 薄れていくよ
君の声が 君の声が
小さくなるよ

未来はすぐに過去となり、記憶は次第に薄れていく。君の声が遠ざかっていくのは、過去の出来事が風化していく様子を示している。しかし、記憶が薄れることは新しい成長と変化の一部である。

雨を待った 風を待った
夢と知らずに 夢を見てた
僕の空に 僕の水面に
描く幻

雨や風を待ちながら、無意識のうちに夢を見ていた。自分の心の中に広がる空と水面には、幻想や希望が描かれている。それは人間の内面的な旅と成長の象徴であり、自己発見の過程を表している。

ヘルマン・ヘッセの作品に通じるテーマとして、内面的な旅や自己発見、時間の流れと変化、現実と幻想の交錯が見て取れます。この歌詞も同様に、人間の心の深層と成長の過程を描いているように感じられます。

$ フランツカフカになりきって
> もちろんです。フランツ・カフカの視点で再解釈してみます。

なんだかんだで歩いてく
なんもないけど進んでく
平穏有限先は暗く
時間は止まってくれない

人生は無為に過ぎていく。特別な目的も見つけられないまま、それでも進み続ける。平穏の中にも無限の不安が潜み、未来は常に不透明で暗い。時間は止まらず、我々を無情に前へと押し進める。

やがて僕の向かい風
になっていく光に満ちてる
快晴に架かる白い虹
を映す 眼を伏せる

向かい風は避けられない試練であり、その中に光を見つけることは困難だ。白い虹は幻想的で手の届かない希望の象徴。しかし、その希望を見ることができず、目を伏せることしかできない自分の無力さを感じる。

回想そうして岸辺へ
想像会遇水面の上
僕はずっといやだった
時間が言葉を紡ぐだろう

過去の回想に浸り、自分の内面と向き合う。水面に映る幻想は現実からの逃避であり、自己嫌悪の象徴でもある。時間が経てば、言葉がその意味を紡ぎ出し、やがて真実に到達するかもしれないが、その過程は苦痛に満ちている。

遠く誰かの赤い朝
になっていく光が沈んでく
月光に濡れる青い傘
を差す 君が消えてく

他人の新しい始まりを遠くから見つめながら、自分の中では終わりが訪れる。赤い朝と沈む光の対比は、希望と絶望の交錯を表している。青い傘を差す君が消えていく様子は、大切な存在を失う孤独と無力感を象徴している。

明日だって 昨日になってく
記憶だって 薄れていくよ
君の声が 君の声が
小さくなるよ

未来はすぐに過去となり、記憶は次第に薄れていく。君の声が小さくなるのは、過去の出来事が風化していく様子を示している。だが、その過程は避けられないものであり、無情な現実の一部である。

雨を待った 風を待った
夢と知らずに 夢を見てた
僕の空に 僕の水面に
描く幻

雨や風を待ちながら、無意識のうちに夢を見ていた。心の中に広がる空と水面には、幻想や希望が描かれているが、それは現実とは乖離したものである。自己の内面に囚われ、逃避と葛藤を繰り返す姿が浮かび上がる。

カフカの作品に見られるように、この歌詞も存在の不条理や孤独、内面の葛藤を描いています。無力感や絶望、逃避といったテーマが強く反映されており、カフカ的な視点からの解釈が色濃く感じられます。

$ ニーチェになりきって
> もちろんです。フリードリヒ・ニーチェの視点で再解釈してみます。

なんだかんだで歩いてく
なんもないけど進んでく
平穏有限先は暗く
時間は止まってくれない

人生は無意味な反復の連続かもしれないが、私たちは歩み続ける。たとえ何も見えなくても、それでも前進する。平穏は儚く、一時的であり、未来は不確実だ。しかし、それこそが生の本質であり、時間は決して止まらない。時間の流れに抗うことなく、自己を超克する意志を持ち続ける。

やがて僕の向かい風
になっていく光に満ちてる
快晴に架かる白い虹
を映す 眼を伏せる

向かい風は人生の試練であり、それを乗り越えることが自己の強化につながる。光は希望と力の象徴であり、白い虹は超越的な美しさと新たな価値の創造を示す。しかし、その光に直視することは困難であり、自己の限界を感じる瞬間でもある。

回想そうして岸辺へ
想像会遇水面の上
僕はずっといやだった
時間が言葉を紡ぐだろう

過去の回想は自己認識の一部であり、岸辺や水面は内面的な世界の象徴である。時間が言葉を紡ぎ出すことで、真の理解に至る可能性がある。しかし、それには苦痛と自己否定が伴う。自己嫌悪や不満は、自己を超越するための試練であり、成長の一環である。

遠く誰かの赤い朝
になっていく光が沈んでく
月光に濡れる青い傘
を差す 君が消えてく

他人の新しい始まりを見つめながら、自分の中では終わりが訪れる。赤い朝と沈む光の対比は、生と死、希望と絶望の二重性を示している。月光に濡れる青い傘は、孤独と自己内省の象徴であり、君が消えていくのは、喪失と別離の苦痛を表している。

明日だって 昨日になってく
記憶だって 薄れていくよ
君の声が 君の声が
小さくなるよ

未来はすぐに過去となり、記憶は次第に薄れていく。君の声が小さくなるのは、過去の出来事や関係が風化していく様子を示している。しかし、これもまた生の一部であり、永劫回帰の思想に通じる。すべての経験は繰り返され、自己を強化する糧となる。

雨を待った 風を待った
夢と知らずに 夢を見てた
僕の空に 僕の水面に
描く幻

雨や風を待ちながら、無意識のうちに夢を見ていた。心の中に広がる空と水面には、幻想や希望が描かれている。それは現実の超越と新たな価値の創造を示す。幻は現実の一部であり、それを乗り越えることで自己の本質に到達する。

ニーチェの視点から見ると、この歌詞は人生の試練と超克、希望と絶望の二重性、自己認識と成長の過程を描いています。試練を通じて自己を強化し、新たな価値を創造する意志が強調されています。

$ 太宰治になりきって
> もちろんです。太宰治の視点で再解釈してみます。

なんだかんだで歩いてく
なんもないけど進んでく
平穏有限先は暗く
時間は止まってくれない

人生は空虚であり、それでも歩き続けなければならない。平穏な日々が続く中、未来は常に不確実で暗い。時間は無情に流れ続け、私たちはその流れに抗うことができない。その無力さが胸を締め付ける。

やがて僕の向かい風
になっていく光に満ちてる
快晴に架かる白い虹
を映す 眼を伏せる

向かい風は人生の試練であり、その中には希望の光が見えるかもしれない。しかし、その光はあまりにもまぶしく、現実を直視することができない。快晴に架かる白い虹は美しい幻想だが、それを見ることさえ辛い。

回想そうして岸辺へ
想像会遇水面の上
僕はずっといやだった
時間が言葉を紡ぐだろう

過去の回想は、苦痛と失望の連続だ。水面に映るのは、自分自身の歪んだ姿であり、それを見つめることは耐えがたい。時間が言葉を紡ぎ出すことで、やがて自分の感情や苦しみを表現できるかもしれないが、それもまた苦痛の一部だ。

遠く誰かの赤い朝
になっていく光が沈んでく
月光に濡れる青い傘
を差す 君が消えてく

他人の新しい始まりを見つめながら、自分の中では絶望が深まっていく。赤い朝と沈む光の対比は、希望と絶望のコントラストを強調している。月光に濡れる青い傘は、孤独と悲しみの象徴であり、君が消えていく様子は喪失の苦しみを表している。

明日だって 昨日になってく
記憶だって 薄れていくよ
君の声が 君の声が
小さくなるよ

未来はすぐに過去となり、記憶は次第に薄れていく。君の声が小さくなるのは、思い出や感情が風化していく様子を示している。過去の出来事が遠ざかるにつれ、心に空虚さが広がっていく。

雨を待った 風を待った
夢と知らずに 夢を見てた
僕の空に 僕の水面に
描く幻

雨や風を待ちながら、無意識のうちに夢を見ていた。心の中に広がる空と水面には、幻想や希望が描かれているが、それは現実からの逃避に過ぎない。幻は、自己の内面に囚われたままの状態を示している。

太宰治の視点から見ると、この歌詞は人生の虚無感、自己嫌悪、そして孤独と喪失の感情が強く表現されています。現実の厳しさと内面の苦しみが交錯し、自己の存在を問い続ける姿が描かれています。

claude先生にもお願いしてみた。ミスってボツフレーズが混じってるので若干違うネタをもとに話してはいる。こっちのほうが良いか?

この文章は、詩的で感情的な内容を含んでいますね。歌詞や詩の一部のように見えます。いくつかの重要なテーマや imagery が含まれているようです。簡単に内容を分析してみましょう:

時間の流れと変化:
「時間は止まってくれない」「遠く誰かの赤い朝になっていく」「明日だって昨日になってく」
光と闇のコントラスト:
「光に満ちてる快晴」「光が沈んでく」「深更に響く青い雷鳴」
自然現象:
「白い虹」「遠雷」「黒い雲」「雨」「風」
喪失と記憶の薄れ:
「君が消えてく」「記憶だって薄れていく」「君の声が小さくなるよ」
水のイメージ:
「岸辺」「水面」「雨」「青い傘」
夢と現実の境界:
「夢と知らずに夢を見てた」

この文章は、時間の経過に伴う変化や喪失、そして自然の中での人間の存在について深く考察しているように見えます。また、現実と夢の境界線を曖昧にすることで、詩的な雰囲気を醸し出しています。
これについてさらに詳しく分析したり、特定の部分について掘り下げて考えたりすることもできます。何か特に興味のある部分はありますか? CopyRetryAさらに分析を聞かせて Editはい、さらに詳しく分析してみましょう。

心理的な旅:
「歩いてく」「進んでく」という表現は、物理的な移動だけでなく、心理的・精神的な旅を示唆しています。「平穏」から「暗く」なる先へと進むことは、人生の不確実性や困難への直面を表しているかもしれません。
対比の使用:
「光に満ちてる快晴」と「遠雷を待つ黒い雲」のような対比が多用されています。これは人生の明暗や感情の起伏を表現しているようです。
循環のテーマ:
「明日だって昨日になってく」という表現は、時間の循環性を示唆しています。過去と未来が融合し、現在の一点に収束するような感覚を表現しています。
感覚の融合:
「深更に響く青い雷鳴」のように、聴覚(響く)と視覚(青い)を組み合わせた表現があります。これは共感覚的な表現で、感情の複雑さを示しています。
消失と残存:
「君が消えてく」「君の声が小さくなるよ」といった表現は、大切な人や思い出が徐々に失われていく感覚を表現しています。しかし同時に、それらが完全には消えずに残り続けることも示唆しています。
期待と現実:
「雨を待った 風を待った」という表現は、何かを期待し、待ち望む心情を表しています。しかし、その後の「夢と知らずに 夢を見てた」は、その期待が現実とは異なる可能性を示唆しています。
自己と外界の境界:
「僕の空に 僕の水面に描く幻」という表現は、内なる世界と外の世界の境界が曖昧になっていることを示しています。現実と想像、自己と世界が融合している状態を表現しているようです。

この文章全体を通して、時間、記憶、感情、自然といった要素が複雑に絡み合い、人生の儚さと美しさ、そして個人の内面世界の豊かさを表現しているように見えます。また、具体的な描写と抽象的な感情表現を巧みに組み合わせることで、読者の想像力を刺激し、多様な解釈を可能にしています。

2024/06/25 22:02


風の木陰

寝る前から寝ぼけていた僕ただは夢と知らずに夢を見ていた

休日はどこへ行くにも向かい風人がいない方へ行きたくて

1年履いて履き替える靴がもう二組残る玄関の隅

ただ今日は雨を歩ける靴じゃない開いた傘はすぐに閉ざされ

コンビニにちゃんとあったよcoolish十五年いやもっと前から

また同じ間違い探しをしてると気づかぬまま西日が昇る

夏の月僕があなたに出会う頃夕立を呼ぶ遠雷が咲く

もう君にちゃんとほほえみ返せるよ言葉が少し必要だけど

1UPキノコを死んだあとゲットしても生き返らないんだよね

快晴と風の日陰と水と空遠くて深い遠くて淡い

風だけを聞いていただけだったような波打ち際今日何しよう


2024/06/09 12:34


5月終わってて草

いつのまに。

脳の衰えを感じるというか、集中力の過度な損失を感じる。運転中別のこと考え出してちゃんと集中しなきゃと思って再度運転に気を戻すも気づけば別の考え事している。しかも娯楽的妄想。言語的に考えている分にはまだ視覚情報をちゃんと処理できている気がするが、映像表現も含む妄想だと完全に意識飛んでてやばい。昔からそうといえばそうなのだけど、そういえば昔からそうなんだから大丈夫なのかもしれないしそんなことはない。やばい。

だいぶ気温が上がってきて気持ちの良い暑さではなく疲労に関与するような暑さになってきた。部屋のエアコンもつけ始め、夏場の休日のエアコンの元の適温と平日の外の過剰な気温差に月曜日は体調を崩す日々を思い出す。ベットにシーツ代わりに敷いている毛布がまだ敷きっぱなしなので変えねばならぬ。今のマットレスなぜかクソ寒いので普通のシーツではなく毛布を敷いているわけだが、半年以敷きっぱなのでいろいろ終わってる気もする。

作曲になんどかトライして玉砕してる。midiパッドを買ってPush以来のパッドを楽しんでいるわけだがそのフェーズもすぐに終わり、早くも引き出しにしまわれている。普通にピアノがあるのだからそれ使えよって話ではあるが、電源タップがぜんぶ埋まっててピアノの電源がとれない状態にあるので使わなくなってしまった。かなしい。

椅子買おうとして踏みとどまって、やはりアーロンチェアほしいってなってる。今の椅子のゆったり感は最高なのだが、最近の腰痛の悪化を考えるとランパーサポートが弱い。のでそこをアーロンに補ってもらいたいと思っている。リラックスして座れる感じではなさそうだが、そのように使うべきだし、リラックスしたければ椅子から離れろという話になってくる。変な座り方してるのが悪化を助長しているとおもうのでそれを物理的にできない椅子に変えてしまいたい。そんなこんなでアーロンを物色していて、セールで20マソで買えそうだったが決めきれなくて、中古相場だと14マソが狙い目っぽい。ヘッドレストも必須なので+3を考えると16~になってきそう。いい感じで出品されていたのを踏み切れなくてスルーしていたのだが、今になって購入を決断した(?)のでちょっと惜しいことした感じになっている。

スプラやっている。バケツ楽しい。クマフェスでドンピコカンストして嬉しい。はい。

休日は昼食をモスバーガーを買って公園で食べてそのまま散歩して湖を見にドライブして帰るのが習慣化してきた。休日の座りっぱなしによる腰痛悪化対策としての散歩をメインとしたルーティンなのだが悪くない。ただモス一通り食べてしまったのでモス飽きてきたのではないか説もある。しかしドライブスルーしか無理な体の構造になっているのであまり選択肢がないがゆえこれはこれで満足ではある。車を出すたびにグリルに蜘蛛の巣が張っており、俺のMazda3のエンジンルームには蜘蛛が住み着いているらしい。どうもこんにちわ。

コード書いてない。ラムダをアセンブリなりVMなりに変換する方法を書きたいのだが、なんとなく知っているから特に書く気が起こらない。あと週末レイトレをやりきりたいのだが理解できないコード片があるとストップしてしまう。ただの写経ならすぐ終わるがそれでは楽しくない。しかしわからないをわかろうと頭を使うとすぐに集中力が切れもういいやになってしまう。数学が中心的にわからにというのもあるが、なかなかかなしい。頑張ればわからなくもないのに頑張れない。脳の衰えを感じている。

Kindleで本たくさん買ったけど一冊さえ読み切る気配がない。ブッタの瞑想法という紙で持っているやつもKindle版を買い直して今よんでいるが一週間くらい開いてない気がする。サマーディ瞑想について書かれている。フォーカスで階層化、細分化をしたり逆だったりする感じらしい。サティ、気付きを認識するやつらしい。自動連想を断ち切る訓練らしい。そのような中で不安定になった価値観を仏教的な慈愛的なやつで背骨とするらしい。その最後の仏教的価値観にあまり共感はすればこそ実践をしようとは思わないので、僕が瞑想訓練するなら結局自愛的自我を背骨とすると思うので、そもそもと矛盾する。悟り的なサムシングは現代社会で俗物に浸って平穏を享受する価値観とは相性が悪いというか相反する。瞑想は所詮は娯楽という側面があると思うが、それはそれでとても良いことだとおもう。自分の嫌なものを解体できるという娯楽があるのなら。というようはことを20%くらい読んで思ったのだが、早計もいいところか。

1アップキノコを得ても僕はもう死んでいるから生き返らない


2024/05/26 19:31


羊雲

立ち止まり下を向いたら水たまり羊雲一面流れてた

モスバーガー白 Tいつも汚すけどちゃんと綺麗に落ちるのならば

これまでが光り輝きこれからを照らしだすこと祈っているよ

初夏よりの日差しの熱は春風に奪われていくこと嬉しいよ

花言葉君が言うならそれでいいなんでもいいからアムネジア咲け

脚力で翼広げず飛び続けたのしそうなカラスがいました

明日の雨予報に僕は夜耳を澄ませて待った雨音で寝る


2024/05/06 20:17


4月に初夏はあるのか

4月オワタ。腰の不安に心が押しつぶされそうな4月だったし今日もそうだ。

曲の残骸がある。もう曲はどうやら作れないらしい。かなしい。

青空が青めく朝のまばゆさに、の短歌をすごく気に入っている。とてもよい。そしてこれを曲にできなかった残骸が上記。

スプラ、バケツ持ち始めて楽しい。楽しい。

ギターはやはり右薬指が膨らんでいて下の弦をミュートするので練習するたび怒りにも似た悲しさに襲われるのでもうずっとくそなのにどうして。

今メインの取引先の仕事がないらしい。新しいの会社の仕事をとるようになった。俺の仕事じゃないからしらんけど。と言いたいところだがしかしながらさてさてどうした。

モスバーガーばっかり食ってる。ドライブスルーで買って近くの公園で食べて散歩して。とてもよい。

風の湖に行った。そこのベンチで強風と荒波の音を聞きながら少しだけ横になり目を瞑れた幸せがたしかにあったんだ。

僕が住む風の都の湖は今日を泳げば昨日へ沈む


2024/04/22 20:22


青空が青めく朝のまばゆさに

青空が青めく朝のまばゆさに何度も閉じてゆく瞼見る

満開の桜流しの雨が降るいつかの君を待つ汽水域

思い出を思い出してただけだった規則正しくばらばらになる

繰り返すまたもや桜繰り返す変わらないまま変われるように

信号が青に変われば走りだす前の車にずっと花びら

初夏に似た(どうであろうと花は花)卯月暮れても肌寒い夜

白波の終わりを眺め乱れ散るひかりが沈む浜辺にいたはずなんだ


2024/04/08 21:17


30歳になった3月

30代始まった。何一つ変わることなく体がぼろぼろになっていくのをただ眺めていた二十代後半が終わり、終わったところで同じように同じことが始まった30歳だ。真っ暗な未来に向かってうつむきながら少しずつ寝返りを打つかのごとく進んでゆくのだしらんけど。

20代を総括しようか。覚えてないけど。

20、21

二十歳になって真っ先にクレジットカード作った。そして最初に買ったのはたぶんHuluのサブスクとiTunesでBIGMAMAの曲だろう。酒も飲むようになった。病気のせいで二年で飲めなくなるわけだが、スコッチから入った。007でマッカランが毎回出てくることを知ったのがきっかけだったように思う。マッカラン、タリスカー、ラガヴーリン、白州、グレンフィディックなどを覚えている。

祖母が亡くなった。くも膜下出血だった。ついさっきまで元気だったのに突然のことだった。夕食時祖母がいないことに気付いた父が祖母を探し始め、近所の人とおしゃべりでもしているのだろうと思っていたが、ふとトイレの扉を開けてみたら、トイレに体を預けるように意識のない状態で倒れていた祖母を父が見つけた。父が叫ぶように僕を呼ぶ声が聞こえ、最初は聞き取れなかったが、二度目の声にただならぬものを感じ、声の方へと僕は向かっていった。トイレから祖母を僕と父で運び出し、父は人工呼吸、僕は心臓マッサージを始めた。近くでは倒れるように座り込んだ母が救急車を呼んでいた。心臓マッサージの途中、祖母の胸の骨が折れるような感触を今でも覚えている。救急車を誘導するため、僕は心臓マッサージを母と替わり、家の前の車を少し離れた駐車場に持っていき、オペレーターと電話しながら救急車を待った。まだ救急車到着まで時間がかかる趣旨をオペから伝えられるも、赤いランプがすぐに僕の目に飛び込んできて、いや、もう来ましたと僕は言った。最初に到着したのは救急車ではなく消防車だった。消防車は近所中に赤い光を撒き散らしながら家の前に止まった。救急隊が消防車に乗ってやってきたらしいことに少し安心して、家に戻った僕はなぜか母が畳の上で息を切らしながら倒れてるのを見た。母は持病を抱えており、病のストレスでパニック障害を発症したことがあったので、瀕死の祖母を心臓マッサージし続けた疲労とストレスで一時的な過呼吸状態にあったように思えた。救急隊の祖母に関する質問に母は答えることすらできずにいたので、母もやばいのではないかと不安になったがなぜか救急隊の人はケアしなかったので、たぶん父が大丈夫だととでも言ったのだろう。そして救急車に運ばれていく祖母に僕は付き添う形で同乗した。対向車が来る狭い道を選んだ運転手に、そこですれ違えますと僕は言った。運転手は僕にありがとうございますと言った。救急車は僕が慣れ親しんだ道をゆっくりと何度も赤く染め上げて走った。想定していたのと違う始めての病院に到着して、祖母は扉の向こうへ運ばれていった。そこのすぐとなりにあるベンチに座り僕は待った。胸に穴が空いたとはまさにこのことで、ほんとに胸のど真ん中に重いずっしりとした鉄球があるようでいて、何もない穴が空いているようでいて、あれほど落ち着かない時間は人生で初めてだった。なぜかどこか楽観的だった僕は祖母の死を予感していた。やがて父の姿が見えた。あれほど安心した瞬間もない。父が病院についたことと祖母の容態とは全く関係がないのに。父は僕にどうなるかわからないから一度帰ってもいいと言ったので、僕は帰ることにした。携帯を持ってきてなかった僕は受付でタクシーを呼びたいのですがと言うと、あちらからできますと言われ、そこにはただのボタンがあった。ボタンを押すと自動的にタクシー呼び出しになるらしい。家についた僕は、祖母にたいする態度などを後悔していた。もっと話を聞いてあげればよかったと。しかし当時の僕にも、今の僕にもそれはできないであろう。落ち着きがなく常に喋っていて、話しかけているのか、独り言なのかわからないあの騒音に僕はひどくストレスを感じていて、無視することが多かったのだ。あの後悔は懺悔のようなものに過ぎなかった。常に明るく誰とでも仲良くおしゃべりできるその姿に不快感を感じていたのだ。尊敬すべき敬愛すべきあの姿に。やがて父から電話があり、くも膜下出血であると告げられた瞬間、終わったと確信した。重度の障害が残るか、植物状態か、そう思ったが容態はもっと悪くいつ亡くなってもおかしくない状態だから病院に来てほしいとのことだった。病院に再び行くと人工呼吸などの多くの医療機器に繋がれた祖母の姿があった。薬で強制的に心臓を動かしている状態であるとのことだった。父は父の弟、僕の叔父にあたる人に電話をかけていた。叔父は祖父の葬儀にも来なかったようなそうでもなかったかのような人物で、はたして来るのかと思っていたが、意外と早く来た。次に仕事を切り上げた僕の妹が来た。エレベーターで顔を合わせるなり、ばあちゃんは?と聞いてきて僕は良くないと答えた。病室に入って祖母を見た妹はすぐに涙を流した。祖母の死を待つだけの時間を病室と待合室広場などを往復しながら過ごした。待合室広場のソファの上で顔に新聞を被せ寝ていた僕を起こす電話の音が鳴った。病室へ行くと途切れることのない長い心電図の音がなっていたらしい。僕が言ったときには規則的な音に戻っていた。まだ心臓は弱々しくも鼓動を続けていた。また待合室広場に戻り椅子に座った。夜明け前だった。入院患者数名がぞろぞろと起き出してきた。そして正面を東側にして立っている病院の10階から、完全なる朝焼けと日の出のすべてを僕は見ていた。それまでの人生で一番美しい景色だった。その日の夕方、祖母は亡くなった。

たまに6,7こ上の先輩と一緒に仕事をしていた時期でなかなかハードなことやらされていたが、比較的年の近い同職の人と仕事ができて嬉しかった。その中で初めて熱中症になって時限的な仕事が怖くなった。

親戚の家への運転をやらされた。下道3,4時間のクソ経路のせいでひどく疲れかつ下品で粗野な宴にぶち込まれ、帰ってくるなり、もう二度といかないとつぶやいてベットに倒れ込んだ。昔は僕も下品で粗野な子供だったのにもうそれが外部から飛んでくることに耐えられなくなっていた。

22

母の姉がなくなった。叔母は脳の血管に障害があるとかないとかで若い頃に余命宣告されていたらしいが塞かりそうになっていた血管から新しい血管が生え自然とバイパスしなんとかなったらしい生命力の持ち主である。相当のヤンキー(死語)であったようで僕は悪い影響をいくらか受けていたと思う。しかしガンには勝てなかったようだ。二度といかないはずだった親戚の家へとまたしても行く羽目になったのだが運転を拒否したのと、泊まりだったのと、酒があったのとで、だいぶ寛容になっていた。

自分の車をまだ持っていなかった僕は新型のロードスター(ND)が発表されたのでそれを買うつもりだった。妹を妹の車で駅まで送ったついでに車をかり、ディーラーへと試乗に行った。店につくなり、出迎えてくれた営業に試乗したいと伝えると免許書の確認などなにもなしにそのまま、店の中に入らずに直行でロードスターに乗り込んだ。高すぎた期待値のせいか、意外とこんなもんか感を感じつつ、屋根を開け、開けるときのスムーズさに感動しつつも、頭が熱くなってすぐ閉めた。店に戻り見積もりなどをもらっている最中に頭が痛いと感じていたのは前触れであった。

5月ごろ僕の体がぶっ壊れた。最初は数日立っても治らない頭痛。やがて首が痛くなってきて、やがて風呂にはいるだけでつかれはてるかのような疲労感、そして首の治療に通っていた整形外科での電気治療の刺激による過呼吸で、救急車に運ばれた。クソなので状況は割愛する。何事もなかったかのように病院から帰ってきた僕は運動しないといけないと思いランニングシューズを買いに翌日スポーツ用品店に行った。店内の照明の光が妙に眩しかった。とくに欲しいものもなかったので、そのとなりのイオンに行ったがそのわずかな道中で熱中症になった。逃げるようにトイレに駆け込み、用を足し、なぜかトイレ外にある自販機でポカリを買い、ベンチで飲んで体力の回復を待った。一向に回復しないしんどさに諦め、ベンチで横になった。その状態からどうやって少し離れた車まで行けばいいのか、その状態で運転できるのか、前日と同じ症状なら無理であろうなどと、思考を巡らせ絶望していた。空になったポカリのペットボトルを捨て、トイレに行き、またポカリを買って、車へ向かった。二階トイレから一階出口外のベンチまでたどり着いた。一旦ポカリと飲みつつ絶望しつつまた車を目指した。しかし車近くでまたトイレに行きたくなり、何故か近くにあったトイレに入った。そしてまたなぜかトイレ近くにある自販機とベンチでポカリと休息を取り、再度車へ向かった。車に乗り込み帰宅を目指したが車の運転が無理な状態であると判断しつつも、一旦試して見ようと、家とは反対方向ではあるが近くのコンビニを目指した。コンビニにつきわずかながら運転が可能であるかもしれないという希望を見出して、本格的に帰路についた。が、早々と無理になった。なったのだ。家までの距離を半分ほど行ったところのコンビニでようやく判断を下した僕は自力での帰宅をあきらめ、タクシーを呼び、車をそこに残したまま帰った。病状のギアが一つ上がった。ロードスター買ってる場合じゃねぇ。

市民病院に行った。整形外科で首MRIをとっても異常なし。神経外科で血液検査しても異常なし。自分で調べた結果、パニック障害だろうと思ったので別の心療内科を予約した。予約日まで日があったのもあって、かかりつけの病院でまったく効かない頭痛薬などをだしてもらっていたのだが、精神系の薬が必要であると感じていたタイミングで先生からリフレックスを提案された。そのときにはもうひどい不眠もあったので、不眠にも鬱にも効くリフレックスがとてもフィットした。とりあえず地獄の底から這い出して地上の空気を吸えた感じだったが、だからといって地上でまともに生活できる状態でもなかった。はずなのに。はずなのに僕は仕事を休職することなく続け、死にそうになりながら日々を過ごした。よく死ななかったななんでなんだ。そんなこんなで心療内科を訪れるもリフレックスがすでにフィットしてることもあり、それを継続。頓服でワイパックスを出してもらった。とりあえず心療内科とは抗精神病薬を管理してくれる場所にすぎないということを学んだ。フィットする薬を先生の勘と総当りで調べるそういう場所だ。余計なこと言う必要がない分それはそれでいい。しばらく月一で通い一年ほど立って双極性障害2型と診断された。なっとく。

5年くらいかけて試行錯誤した結果

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一年間パソコンが触れなかった反動でむちゃくちゃプログラミングやった。Qittaにゴミみたいな記事上げたり、RustでSECDマシンのLispインタープリター書いて強い人から鉞じゃなかったプルリクもらえたりしてすごい勉強になったし嬉しかった。僕が一ヶ月かけて書いたコードを半日かからず手入れしてコメントしてて怖くなったりしてた。ネットでまともに人と喋り始めた時期だった。

首や頭が痛いがプログラミングがしたい。しかし首や頭がいたい。どうすべきか。ずっとストレッチなどはやっていたが特に改善せず。そんななかどうやらエルゴノミクスキーボードとやらがあるらしいということで、ErgodoxEZを買ったしかし首などは改善せず。しかし首痛いうんぬより、キーボード自体がかっこいいじゃないか。Ergodoxかっこいい!キースイッチたのしい!みたいなノリをTwitterでつぶやいてたり、同じようなノリの人をフォローしたりして、そこのつながりができ始めた。すごく楽しかったし、とても人間的な健全性をもった社交的な精神状態だったが、エビリファイが支配していただけなのではないか説もある。そしてそれらのつながりをすべてうしなってしまったかなしみがあるので割愛する。そんなこんなで、電子工作、3DCAD、基板設計、低レイヤープログラミングなどの知識を得たのだった。うわぁぁぁん。

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電子工作の流れでオーディオ系をつくりたかった。シンセサイザーを作ろうとおもい、ためしに一個なにかシンセ買ってみようと調べていたところ、Ableton Pushに行き着いた。これ一台でリズムもメロディもいける64Padインターフェイスが魅力的だった。自作キーボードで金銭感覚バグりだしていたので、AbletonLive、Push、BabyFacePro、iLoudMicroMonitorなどを買い揃えかつ、MacOSじゃ不便になってきたのでWindowsにしたいのもあってPCも買い替えなどしてたら出費すごいことになってて草だった。Pushでフィンガードラムやコード理論の勉強をしたりした。

政治や経済に興味を持ち始めた。富国と強兵という本がとてもおもしろ買った。中野剛志先生はTPPですっかりあれな人扱いされているがMMTは面白いと思った。しかし政治運動としてのMMTはなんとも言い難い感じがあるので遠い目になる。

きたるキングダムハーツ3に備えてPS4Proを買ってひたすらゲームやっていた。GTAオンラインをやりながら今際なき虎ノ門ニュースとチャンネルクララを聞いていた。

東京グールが完結して悲しかったの感があった。

タレックスのオーバーグラスを購入した。通勤時の眠さがかなりマシになりQOLが向上した。いまやこれなしでは運転できない体になってしまっている。

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あまり覚えてないので、買い物やメールの履歴などを見て書き出す。

政治や経済金融の本を買って読むようになった。毎日の読書を習慣づけていた時期だ。2年ほどで終わったが。

Pushじゃたりなくて鍵盤も買ってピアノの練習とかしていたらしい。

あこがれのエンボディチェアを中古で5.5マンという謎の値段で買って試したりしていた。けつが痛かったり、ヘッドレストがないこともあって動画見るのが辛かったりで一ヶ月でバロンに戻した。

バートルにハマりだした。最強ジャケット5501を買って3年ほどは着たと思う。裏アルミベストも買ってる。これ最高。

奥山真司先生にハマっていたらしい。アメ通を流しながらやはりゲームしていた記憶。ルトワックのクーデター入門買って読んだけど一体なんだったんだろうな。実際にクーデターした軍人が血まみれのクーデター入門を持っていたという話だけ覚えてる。

ゲームオブスローンズが完結したらしい。クソほどよかった。奥山先生がアメ痛で最終話ネタバレしてたのがクソオブクソだった思い出。

義務教育レベルの教養本をたくさん買っていたらしいがほぼ読んでないな。まんがたくさん買ってる。English Grammer In Useを読んだのもこの時期らしい。これのお陰で英語力が小学生レベルから高校生レベルになったので感謝してるし、もっと勉強するべきだし。めっちゃまんが買ってるわ。

このころからアシックスの靴の魅力に取り憑かれ始めた。甲高幅広の足にアシックスは優しい。アシックスのスノトレ買ってる。これ未だに履いてるしマジで最強。

鼻うがい買ってる。鼻うがいやると一生副鼻腔に水残って寝てる間に顔ビショビショになる罠があるのでやらなくなってしまった。

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あまり記憶にない。ブログを始めた時期だ。最初のほうは毎日のように書いてるが当然のように次第に飽きてくる。今と比べると簡潔な文ではあるが、今と同じように説明足らずでもある。自分しかみないからコンテキストを明示する必要がないのでそういう文になってくるわけだが4年経ってもおんなじなんだな。

証券会社に口座を開設し積立NISAと株をやりだした。すぐコロナショックが訪れてビビり散らかして何も買えなかったんだけど、株は見てたから、あのとき買っていればの感がすごいことになってる。

このころからワイヤレスイヤホンを導入し通勤時にイヤホンするようになった。同乗者のノイズをシャットアウトすることができて快適な通勤ライフを送れている。ありがとうAirPodsPro。ありがとうTalex。

平和という病という本を読んだ江崎道朗さん激推の本だったので読んでみた。もう内容は覚えてないがブログに書いてあった。安全保障に興味を持てたのは江崎さんのおかげだ。

MIDI鍵盤から88鍵盤ピアノに買い替えた。本格的にピアノ練習がしたかったのだろうな。今となっては。。。

WATCHMEN見てる。クソ面白かったな。

パタヘネ本読んでる低レイヤーの基礎が書いてあったような気がする。

32インチ4kモニターに買い替えたのもこの頃らしい。お世話になってます。

山本隊長の動画や本を見ていた。このころから隊長の文体に影響されはじめてこんなんになってる。

軽トラドライブを始めたらしい。病気の影響もあり車を結局買えなかったので仕事用の軽トラを借りてトコトコ走っていたらしい。二度と行くべきではない山道などを走った記憶。しかし軽トラじゃなければいけなかったところへもドライブできて良かった。

オーディオインターフェースをBabyFaceProからUR22Cに買い替えてた。PS4Proの光オーディオ端子的なやつを使いたかったのもあってBabyFaceProが重宝されていたのだけど、PS4を売ってゲームやめて読書をしようというモードだったので買い替えたのだと思う。BabyFaceProが若干不安定で再起動する場面が増えてきたのも要因かな。

彦根の向こう側で熱中症になってる。かわいそうに。

物語シリーズ全部見てた。化物語以来なので10年ぶりくらいで10年分の続編を接種した。

バンプのAcaiaのMVに泣いた。

バグバイオーグトリニティ読んだ。名作。

お金意識高めるために家計簿つけ始めてる。いまだに続いていてちゃんと便利。

js/tsでゲームボーイエミュレータ初めて書いたのもこのころらしい。

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短歌を始めた。昨年末から彦根に仕事で通っていて、その行き帰りにヨルシカの全部入りのプレイリストをひたすら聴いていた。曲の歌詞がとても自分の教養の範疇にはないフレーズが多く、これは一体なんなんだという風になり詩の勉強をしたいと思い、それで短歌でも読むかとなった。普通の詩集は過去読んだかぎりでは小難しく特に面白みを感じなかったということもあり、文語体のエッセンスを短く接種できる短歌にした。と言うかヨルシカの詩が短歌ぽかった。最初は日常的にブログに書いていたが、ここのブログはgit pushしないと更新できない仕組みなのでスマホから投稿できなかったのもあり、noteに短歌を上げておくことにした。やはりSNS的で他人のを読む、他人に読んでもらうを意識するようになり対人リソースをだいぶ消費していたが、それはそれで楽しく、とてもよい日々となった。毎日一首を一年ほど続けた。詩も自分言語的ではあるが書けるようになったので曲も作ってみることにした。note上でピアニストの方によくいいねやコメントをもらっていたのもモチベになったかもしれない。youtubenote

nissoという自作キーボードもやっていた。作るだけ作って使わないパターンだった。結局Preonicがfit for meで最強すぎる。

4月頃にNext.jsでブログをつくりVercelにホストし始めた。

ギター買ってた。一時間練習したら一週間腱鞘炎になるので無理だった。こどもの頃にもギター買ってたけど左手にわずかに後遺症が残るレベルの怪我をしてて弦をまともに抑えられる指の形をしていなかったのもあり挫折していた。凛として時雨のunravelのn-buna remixのMVにn-bunaのES335系のギターが使われており、そういえばFホールのギターに子どものころすごく憧れていたのを思い出した。左手で弦を抑えられないなら右手で弦を押さえればいいのではと思いつき調べたら左利き用のギターがあることを知った。それで左利き用のいわゆるレフティのギターを買った。がしかし上記。

やっと車を買った。Mazda3である。シルバーを買ったことを当初は後悔していて買い替えようかと思った。金銭的にその勇気がなかったが。今ではまぁ満足してるたぶん。

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短歌はまだ続いていたようだが春ごろに力尽きている。zigとhaskellでゲームボーイエミュレータを作っていたようだ。未だに未完であるみかん。ブログ見返すと、もうこのころから、人生ってなんなんだろうな、時間ってなんでこんなに早く過ぎていくんだろうな的なことばかり言ってる。もっと昔から言っていた気もする。ちゃんと買ったモノとか読んだ本とかメモしてるのえらいし中身ない。

そしてスプラトゥーン3が9月に発売された。発売から一年半以上立つ現在までほぼ毎日プレイしており1700時間を超えた。それはそれとして、最初はリッター4kをしばらく使っていた。フィジカルエイムがプレイすればするほどちゃんと上達するのは非常に楽しく、メモリープレイヤーはリッターポルノと化していた。いい連続キルができたらなんども見返し愉悦に浸るのであった。しかしフェスないしナワバリでは敵は無理に体を出す必要がないので受動的なキルチャンスが少なく、全然試合に貢献できないのであまりにも楽しくなくリッターに絶望していた。

PC買い替えた。DELLの13マソくらいのやつから自作の30マソくらいのやつに。憧れのRyzen7950Xが発売されてから半年だか一年だかで10万ぎりしてたのでそのタイミングで買った。16コア32スレッドがフル稼働する日は未だ来てないような気もするがそんなこともないのかもしれない。適当にパッケージビルドしたらあるだけコア使うんじゃないかなしらんけど。GPUが高すぎたので中古でRTX3070を4.7マソで買ったけど多いと一日一回くらい数秒画面がフリーズするのが外れだったが今じゃもうたまにしかしないので特にもう文句ない。

VTuberをよく見るようになった。特級呪霊でおなじみの人が爆死してたをきっかけになんでこんなに話題性あるんだと調べたところからハマっていった。VTuberにかぎらずストリーマーの切り抜きを多く見るようになった。

俺に俺の短歌が刺さりまくって自己満足です。これは28歳の短歌と言うより2022年1月からの三ヶ月の短歌だった。

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流石に去年のことくらい覚えているだろうと思ったけどやはり覚えていない。20代最後でだからどうとかなかったけど社会的には意味を持つことが多いのでのでなんとなく切なかった。とにかくスプラ3を一生プレイしていた。リッターに絶望していた時、チャージャーの神ぴょんはフェスでどうしてるのかと思ったら竹を持っていたので竹にハマった。エイム力も上がったし、前目の立ち回りも練習できた。とかいいやりつつもXPは2000前後からなかなか上がらないし、Xマッチは武器ミラーがある分毎回同じような対面があるので飽きやすく、バンカラマッチで他武器を遊んでいた。弓、バレル、スプスコ。ガチマよりもサーモンランをやる割合が増えてきて、チャージャー用の-2の低感度ではサーモンランは難しかったので感度を上げ+4くらいでやりだした。ビッグランやバイトコンテストなどでモチベが爆上がりしてプレイ時間も更に増え、クマフェスならカンストできるくらいまではできるようになった。普通にたのしい。ゼルダの伝説ティアーズオブキングダムとかいう約束の神ゲーをやった。約束の神ゲーだったがスプラとちがって一ヶ月たたずして飽きてしまって悲しかった。なぜなんだろうか。

5月頃、琵琶湖の際際で一ヶ月ほど仕事した。最高の景色だった。一方で磯臭さや風が毎日のように強かったりなかなかつらいとこもあるんやなの感であった。いつか住んでみたい気もする。

盆休み明け、ギックリ腰になった。たぶんスプラで長時間同じ姿勢で座っていることが増えたのが積もり積もったような気がする。まじでこの世の終わりみたいな歩行可能状態になる。もはやPTSDないしトラウマとして僕の平穏に大きな消えない不安がまとわりついた。ただでさえ体力的に将来性のない仕事なのに、その肉体を削ぎに来るまさしく鬼の所業である。くそが。しかし案外一週間で仕事ができるまではなんとかなるし、三日目くらいにはクマフェスでカンストまでやっていたのでなんやかんやである。接骨院に数回通ってかなりよくなったので接骨院すごい。そこで低周波治療器でびりびりされてたので、市販品の低周波治療器で寝る前に毎日びりびりする習慣がついた。今も欠かさず毎日びりびりしてる。しかしどうあがいても中断できない仕事はあるものでそのような場面でギックリ腰になったらどうしようかと思うと、まぁ仕事辞めたくなるというか責任を持つ自信が器質的にない。そのような不安をひどく感じる。

ブログはもう月一でしか書いていない。おそらくTwitterのアカウントを変えたからだろう。誰にもフォローされてない独り言専用ストレージと成り果てているので、それでガス抜きされている可能性が高い。月一回、なんもしてねぇって書いてる。

無限にユーチューブ見てた。サブモニターかってサモランしながら見てたくらいには見てた。

株の短期トレードをやりだした。積立放置でやってきたが勉強したくてやりだした。結果勉強したところで儲かるもんではないし、ほぼ運ではある。2023年は50マソほど短期で儲けたらしいので運が良かった時期ではあったらしい。しかし2024年はまだ三ヶ月なのに20マソ以上は損している。年初からの株高に空売りをかけたのはまだ調整を見計らって抜けたので難を逃れたが、カバー株で一気に持ってかれた。きれいなボックストレンドを形成していたのでそこに乗っかっていたら、決算発表で予想の70%しか売上がなかったことが大きな要因となってドカンと落ちたのが痛かった。一時数マソプラスだったのでそこで利確しておけばよかったのだが、チャート的には利確する理由がなかったためホールドしてたらこれである。お財布がかなしみでいっぱいになった。

またゲームボーイエミュレータをrustとhaskellで書いてた。前回のhaskellはStateM/Lensだったせいか非常に低速でテストすら遅すぎてやる気にならなかったけど、今回はIOVector.Unboxedでごりごりで書いたらまともな速度がでたので満足。しかしIOMonadべったりなコードは書き味がC以上に無駄の多いCみたいでhaskellの気持ちよさとは程遠いコードになったのであった。前回のrustはマクロを多用しすぎてコンパイルが非常に遅くなりトライアンドエラーがあまりにも不快だったために投げ出した。今回は素直に手書きしたので問題なくかけた。昔書いたzigと比べたらzigのほうが早かったのでrustの方は最適化の余地がまだありそうな気もするがzigがすごいだけの気もするがよくわからん。相変わらずAPUは未実装である。

短歌少しだけ再開した。一ヶ月に一首程度から再開され、一ヶ月に数首程度まで増えた。増えた確かに増えた。

このように

20代を生き延びた。この文章は僕にしか意味を持たない文章であるが、その意味も有意義なものではないであろう。それでもいつか、いつか何かしらの何かになるかもしれない。もちろんなににもならなくたって問題ない。どうでもいいんだぜんぶ。変化することができないという絶望感が僕のこれまでの人生とこの先の人生を覆い隠している。そして老いによる変化が怖い。死んでいく。消えていく。それでも10代よりかはマシだった気もする。さらにもう少しマシになっていく30代でいてください。どうかよろしくお願い致します。

この痛みはいつか誰かに誰よりも優しくなるための痛みだ


2024/03/31 11:28


雑光

雑光の中に現る幻と飛び立つ魚波打つ水面

オレンジのサングラス掛け見上げればずっと夕暮れ暮れることなく

流れ星のように消える願い事ほんとにそれでいいんでしょうか

水鳥の鳴き声にまだ意味を問う眩しいせいで目つきが悪い

君のためのパーティーだ楽しもうよ二次会僕は行かないけれど

みんないたはずなのにもうぼくのかげしかうしろにいないけどまぁいいや


2024/03/03 17:22


今年もつつがなく2月が終わってた

20代あと余命一ヶ月です。

いつか目指した場所に咲くアムネジアなんどもおやすみ黎明の雨



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