Bercriber's Blog

日記

2025/08/09 19:58


一旦日記

寝る前に書くから生活が押してくるとめんどくさくなって書かなくなってしまう日記は、時間の余裕があるときに書けばいいんだ。一旦。それがないのでは?

スーパーカップを5個くらいまとめて買って毎夜毎夜にアニメ見ながら食べる週間が夏にはある。あったことを思い出して久しぶりにスーパーカップを買った。毎夜見るアニメも特になく。スーパー嘔吐以降就寝前におやつなどに恐怖があり気味で控え気味だった。それから解き放たれるようにしてアイスを食べているような気もしなくもない。やはり睡眠前の胃の不快感に未だに恐怖をうっすら感じる。今のところあれ以降スーパー嘔吐はないがはたして。

ヨルシカ「修羅」を聴いた。ここ数年はヨルシカの新曲を聴くのに気合ないしは覚悟がいるので後回しにされがちなのだが、Apple Musicからの通知でリリースを知った時に修羅というタイトルを見て、あぁ「春と修羅」だなと思った。ジャケットも宮沢賢治の若くしてなくなった詩人の妹だろうと思った。ギターリズムで、ブラスが珍しいか。シンプルな構造の曲ではある。歌詞にも「俺は修羅なのだ」とあってますます宮沢賢治の感が高まりつつも、なんでこの曲調なんだろうかの感もあった。n-bunaは宮沢賢治にインスパイアされた曲なんども書いている。最近知ったのは「靴の花火」は「夜鷹」だった。「春と修羅」は詩人の怒りや悲しみとそれらを超越していくような態度を求めているような詩だった気がするが、ちゃんと読んでないので気がするだけかもしれない。ちょうど二ヶ月前に読み始めた宮沢賢治の詩集が未だ読み終わらないので、ちゃんと読む気になってきた。正直、宮沢の詩からエモくなれる要素があまりない。私の感性が貧弱といえばそれはそれとしてそうなのだが、シンプル私にとってあまりおもしろくないので読み進まないといったところだ。ちゃんと読もうぜ。それはそれとして、この詩に、この音なのかと、音象と心象に一致点が見いだせなかった。私が作曲する時は、そんな一致点など必要ないと思っているので別にいいわけだが、n-buna的にはどうなんやろうか。彼は音と歌詞の関連を作るタイプな気がするが、気のせいかもしれない。音象と心象。音像ではない。

作曲、ギブの様相を呈している。やる気というかなんというか。なんなんだろうなこれ。あんなに一生懸命に詩を書いて、音付けて、この下火具合。正直、詩を書くのが一番楽しい。音はわりと苦行に近い。詩人になろうかな。「詩は死を書くこと」というテーマで書いて、曲名もこれにしようかどうしようかという感じだが、「詩は死を書くこと」は長いテーマになりそうなのでここでタイトルにしてしまうのはつまらない気がする。今のところ第一候補が「光の果実」なのだが検索するともう曲名として使われている。まじかよ。「眼窩の月」が第二候補かもしれないがそれには「春と盆暗」を読み返す必要がある。

う、意識がchromeに乗っ取られていた。

(41分、 1272文字)